神の義

それでは、肉による私たちの父祖アブラハムは何を見出した、と言えるのでしょうか。
もしアブラハムが行いによって義と認められたのであれば、彼は誇ることができます。
しかし、神の御前ではそうではありません。
聖書は何と言っていますか。「アブラハムは神を信じた。それで、それが彼の義と認められた」とあります。
働く者にとっては、報酬は恵みによるものではなく、当然支払われるべきものと見なされます。
しかし、働きがない人であっても、不敬虔な者を義と認める方を信じる人には、その信仰が義と認められます。
(ローマ人への手紙 4章1~5節) 新改訳2017